トムキットウッドは認知症ケアの歴史のなかで行われてきたことがら、その人らしさを深く傷つけ、体の良い状態さえも損なうケア環境の兆候を示す極めて有害なものを示して、それを「悪性の社会心理」としてまとめました。
トムキットウッドはここでいう「悪性」を、必ずしも介護者側に悪意があるという意味で用いているのではなく、多くの介護者の仕事はほとんどがやさしさと良心から行われいるとしています。こういう書き方をすれば、何人かに悪意に満ちた介護者もいるかもしれないという疑いをもっているのではないかと推測します。介護の仕事はやさしさと良心がないとできない仕事だと私は思っています。
具体的に悪性の社会心理の行動を羅列することによって、普段はやさしさと良心から仕事をしているつもりでも、自分のなかに苛立ちがあったり、嫌なことがあったりすると、いつのまにか、やさしさが悪意に変わってしまうこともあるのではないかと思います。そこには人間の弱さがあり、完全な人間はいないと思っていても、介護者としては完全な人間を目指すべき仕事であると願いながらも、周りの悪意や嫌なことに巻き込めれて、いつのまにか、悪性に傾いている自分ではないかと反省してしまうことも私にはあります。
それは介護士だけではなく、看護師にしても、医者にしても、同じ気持ちになるのではないでしょうか。自分に余裕がなく、ゆとりがなく、苛立ちがつのっていくと、いつのまにか嫌な自分になっていることに気づくことがあります。入浴していただくためにだますこともあります。残存能力を生かせるよう見守らなければいけない場面で、時間がないので、介護士がやってしまうこともあります。それは時間が決まっていて、ほかにも見守りしなければいけない多くの利用者様がいるからです。
パーソン・センタード・ケアは理想であり、目指すべきものですが、今の介護現場では介護者の人数的にも、経験値的にも、技術的にも、そしてコスト面においても、完全に行うことは難しいと考えてしまうのは私だけではないと思いますが、そこを目指したいという気持ちはあります。
トムキットウッドは、「悪性」は私たちの古い文化における文化的遺産の一部であると述べています。そして、「悪性の社会心理」に該当するケアはきわめて有害なケアであり、私たちの有害なケアが認知症の人の健康を損ねてしまうことになることを十分理解しないといけないと言われていますが、それは介護士個人個人の良心と悪性の戦いのように感じます。
悪性の社会心理
1.だます
2.できることをさせない(ディスエンパワメント)
3.子供扱い
4.おびやかす
5.レッテルを貼る
6.汚名を着せる(スティグマ)
7.急がせる
8.主観的現実を認めない(インバリデーション)
9.仲間はずれ
10.もの扱い
11.無視する
12.無理強い
13.放っておく
14.非難する
15.中断する
16.からかう
17.軽蔑する

