パーソン・センタード・ケアの意味とその人らしさ

ケア

私はパーソン・センタード・ケアは認知症ケアのなかで素晴らしいケアの方法だと思っています。できればこの認知症ケアの方法を多くの人に知ってもらいたいと思っています。でも、文献がすごくむずかしいと思っています。それをわかりやすく伝えることができたらと思います。だから、パーソン・センタード・ケアを熟知している方から見れば、違うんじゃないのと思われる部分もあるかもしれませんが、そこはご理解ください。

さて、パーソン・センタード・ケアは病気や症状を対象としたケアのあり方ではありません。その人個人を対象としたケアです。ケアはサービス提供者が選択するのではなくて、ケアを受けるその人(パーソン)を中心に選択することが基本です。パーソン・センタード・ケアは、その人が生きてきた歴史や人間性(パーソンフッド)、その人の人生の物語をケアの中心に捉えて、その人の内的体験を聴くことにケアの原点をおく考え方です。

内的体験というと日本語にすればわかりずらいですが、認知症になると脳の神経細胞の死滅によって過去の記憶がだんだんと消えていってしまいます。その人が過去において、幼稚園の先生をしていて、その体験はその人の個性に多くの影響を及ぼしています。ところが、この方は本当はプロのピアノ演奏者になりたかったが、生活のためにしかたなく幼稚園の先生を選んだとします。これは人によって違いますが、記憶のなかではピアノ演奏者としての人生にすり替わっているかもしれません。これを内的体験と私は理解しています。だから認知症の人が「私は若い頃、ピアノ演奏者として世界を飛び回っていたの」と言われたら、作話(作り話)と思って、「違うよ、あなたは幼稚園の先生だったのよ」と本人の話を否定するのではなく、「そうだったわね」と、その人の気持ちを受け止めてあげることが大切です。

ここでいうパーソンフッド(人間性)は、その人らしさに加え、認知症の人が自分は不要な人間でなく、周囲から自分のことを受け入れられている、尊重されていると認知症の人自らが思える気持ちのことを指しているそうです。人を理解するということは、ひとつには、その人の性格や気質、もっている能力、人に対する接し方などを理解することであり、とくに生活史の理解は欠かせないものになってきます。これは単に生活史を理解するにとどまらず、認知症の人の人生そのものの歴史を理解するという意味であり、その人が子供であった時代にどのような生活を送ってきたのか、結婚して子育てをしてきた時にどのような苦労があったのかなどを、単に生活史という記録から理解するだけでなく、1人の人の人生としてどういう気持ちで、どういう環境で生きてこられたのかを理解することです。

こうなってくると、その人とともに、その人の人生のすべてを回顧していく必要があります。それだけ認知症の人と接し、周りの人にその人のことについて聞き、どういう気持ちで生きてこられたのかを真剣に考えていく必要があります。また、その人の人生だけでなく、その人の健康状態や視力、聴力などの感覚機能の理解、さらにその人のこれまでの社会とのかかわり、人間関係のパターンなど、その人を幅広く理解することが、その人を理解することになります。それが認知症という病気を抱えている「人」を理解するという意味だと思います。

だからといって認知症という病気ということ、そのものをないがしろにするわけではありません。アルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症では、中核症状も違い、同じケアではうまくいきません。専門職としては、病気の本質を理解することは重要です。そのうえで「人」として理解していくことが大切です。私たちがこれまで行ってきたケアの問題は、ケアを提供する人の仕事にその本人を合わせてきたことです。これは介護者中心のケアであり、本人はその仕事の都合に合わせてケアを提供されてきたわけです。仕事いうものはなるべく効率化されるべきです。でも、介護の世界では当てはまらないところが出てきます。日本の介護で生計を立ててる人は、低い賃金で働いています。また過重労働です。だから人材の確保もできません。しかも一人が見なければいけない利用者様の数は多いです。少なくとも私は理想と現実の狭間であえいでいます。

しかし、個別ケアは本来このようなものであってはならず、あくまでもその個人を中心にケアを展開することが原則です。つまり、パーソン・センタード・ケアでなければ、個別ケアとは言えないのかもしれません。その人個人の声に耳を傾け、その人の世界を理解する努力して、その想いや願いにかなったケアを展開していくことが個別ケアの基本だと考えます。重要なことは、その人の安全が保障され、尊厳を持った一人として尊重されること、その人のQOL向上をケアの目標に捉えていくことです。そのケアの基本姿勢がパーソン・センタード・ケアであり、それが当たり前のことであってほしいと願っています。

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