認知症ケアにおける事実確認と倫理的判断
介護現場では倫理的判断をしなければならない場面が多くあります。しかし、同様の事例でも、それぞれのケース毎に解決策は異なっているかもしれないし、倫理的判断にはたった1つの正解があるわけではありません。異なるそれぞれの意見も、どちらか正しく、どちらか間違っているわけでもありません。こういった微妙な倫理的価値の対立を考えるにおいて、事実と倫理的価値判断をわけて考える必要があると思います。
私も最初に介護現場に足を踏み入れたときに、あまりに周りの意見が異なっていることに驚きを隠せませんでした。先輩の意見も、上司の意見も、経営者の意見も異なっていて、誰の意見を取り入れて介護しなければいけないか、まったくわかりませんでした。挙句のはて、こちらの意見通りに介護を行うと違う人に怒られたり、その人の意見どおりやって、上司に怒られたりと最初の1年は倫理的ジレンマのなかで、もがく苦しんでいたと思います。ホームヘルパーや介護福祉士の資格を自分で勉強するなかで、ようやく自分の考え方、価値観というものができてきて自信を持って介護することができるようになりました。ところが認知症ケアを勉強するにあたって、パーソンセンタードケアという考え方に触れて、また大きく変わってきました。
倫理的判断をするために、いろんな切口から考えていきたいと思いますが、まず、事実認識と倫理的価値判断を分けて考えることとして、正しい事実確認がなければ、よい倫理的価値判断はできません。また、正しい事実確認ができていても、よい倫理的価値判断は1つではないということ、それは、本人の価値観、家族の価値観、医療ケア専門家の価値観、そして介護ケア専門家の価値観は違っていますし、介護者のなかでも価値観が分かれています。本人の価値観も時間の流れによって変わってきますし、ひとつ言えることは、それぞれの価値観は尊重しあうべきであるということだと思います。
倫理原則と徳倫理
倫理の領域では現場における倫理的問題を対処するときは、よい倫理上の判断し、人々の尊厳を守るには、手元に正しい行為をするための手引きである倫理原則を持つことと、高潔な方法で行動したくなるような性格を持つこと(徳倫理)と言われてきました。優れた人格者の人であっても間違いを犯すこともあるので倫理原則の方を重要と考える立場の人もいますが、徳倫理の方が大切だと考える人もいて、結局は倫理原則と徳倫理の両方とも大切だと言うことになっています。
倫理原則4原則
私が勉強した認知症ケアのなかには倫理原則4原則というものがあります。でも、これは介護だけでなく、医療でも使われていました。医療倫理の四原則として有名で、特に看護師が勉強されています。
1.自律尊重原則
自律尊重原則は意思能力のある個人は自己決定することができ、他人はその自己決定を尊重しなければならないということで、本人の「知る権利」「選択する権利」がその中心になります。自己決定するためには、自分が受ける医療やケアの内容が理解できて、それを受けるのか受けないのか自分で判断する力が必要です。問題は認知症の人の場合、これまで、先入観で意思能力を過少評価し、必要以上に自己決定を制限していたことは事実だと思います。認知症の人すべてに意思能力がないわけでなく、軽度認知症の人はたいてい自己決定できますし、中等度認知症の人は項目によって自己決定できる可能性があります。
意思能力がある場合は自己決定がすべての人に保障されていることになりますが、パーソンセンタードケアの重要な構成要素のひとつに「共有された意思決定」があります。本人の意思をなるべく尊重できるように意思決定の支援をする必要があります。明らかに意思能力がない場合には自己決定はできませんので、本人の感情や最善の利益に配慮した代理判断者による代理判断になります。
2.善行原則
善行原則は恩恵原則ともいわれ、医療ケア専門家は、患者や利用者の幸せを追求し、恩恵を与えるような「よい行為」を積極的に行うべきであるというものです。しかし、何が「よい行為」で、何が「最善の利益」かは医療ケア専門家の視点でなく、患者や利用者の価値観に沿った善である必要があります。本人の現在の病状や周囲の状況についての理解度を確認し、これからの療養や生活に対する要望を理解し、不安な点はないかを傾聴し、本人の価値観を尊重した、本人にとって一番良いと思われる方針を提案することになります。
3.無危害原則
無危害原則は侵害回避原則ともいわれ、善行原則とコインの裏表の関係にあります。善行原則が積極的に善を促進しているのに対して、「少なくとも害をなすな」ということを意味しています。有害な行為を禁止することは道徳の基本です。危害を避けることは、恩恵を与えるよりも、さらに厳格ですべての人々に対する倫理的義務です。医療ケア担当者は、患者や利用者にとって少しでもよい結果となるように、本人が被る可能性のある身体的危害と精神的危害を最小限にする努力をする必要があります。
4.公正原則
公正原則は、公平原則あるいは平等原則、正義原則とも言われています。公正原則は人々を公平、平等に扱うことを要求している原則です。平等に扱われることは、人として尊厳に配慮するための道徳の基本です。法的にも、差別されることなく平等な扱いを受けることは、基本的人権のひとつである平等権として保証されています。
医療資源が希少で限られている場合、この公正原則はとくに問題になってきます。たとえば日常ケアにおける人的資源の配分では、夜間の人手不足の状況において、手のかかる重度の認知症の人に多くの時間を割いています。ほかの入所者に十分に手が回らないのは公正原則にかなうのかという問題が出てきます。本人の医療ケア上の必要性と、それによってもたらせる恩恵の大きさと程度、ほかの人が被る不利益の大きさや程度に応じて、医療資源や人的資源を割り振る必要があります。そのために独断せず、ケアチーム内でコミュニケーションを深め、よく話し合うことが必要です。
私も夜勤で重度の認知症の方がやはり優先になります。先輩の意見と上司の意見が異なるのも、こういったことが原因になります。オムツ対応にしてみたり、重度認知症の方に時間を取られてしまったり、そもそも介護士の給料は他の職種の方と比べて低い方だと思います。人材を投入すると、ますます給料を低くしなければいけません。そういう経営者としての立場もあります。給料が低いと介護職全体に人材が集まらないという事情もあります。

